特殊部隊・アタッカーず 


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−特殊部隊・アタッカーず−

注・現実離れした、多分に違和感のあるフィクションです。

 我々は特殊部隊『アタッカーず』。メンバー構成は現在三人、「あんた」ことリーダーである私、無愛想がチャームポイントの主力戦闘員・佐久間君、「チキン」の愛称が似合う名前負け気味の雷洞君である。
 我々の日々のミッションは、町を恐怖に叩き落している恐ろしい潜伏者達をこの手で葬り去ること。それは静かに、自主的に行うこともある。だが、依頼されるミッションも多い。
 この日のミッションも依頼されたものだった。とある家庭から連絡が入り、その怯えた声から私は彼らの元に潜伏者がいることを察した。
 私の真剣な眼差しに、そばで新聞を読んでいた佐久間君が雰囲気をがらりと変えてくる。
「潜伏者、ですね」
 どこか嬉しそうな声だった。……余談ではあるが、私は佐久間君がただの無愛想な男ではないと確信している。サディスト。それもそこら辺のいじめっ子レベルではない超弩級で、もはや快楽殺人者の域に片足踏み込んでいるものと信じている。
 佐久間君は新聞を畳むと立ち上がった。その口元に浮かぶ笑みに背筋をひんやりとした物が伝う。エアコンの効いた室内に、からんと氷の鳴る音が響いた。短く「ああ」とだけ答え、私は雷洞君を呼びに部屋を出る。
 戦いを前に闘志を燃やしてくれるのは結構だ。依頼人は潜伏者に今も恐怖している。すぐに出発せねばならない……!

 潜伏者が潜んでいる家庭に私達は急行した。見たところは何の変哲もない一軒家だったが、中へ入るとすぐ無数の気配が感じ取れた。部屋には物が散乱し、ごちゃごちゃとしている。その陰から奴等は私達を見ているのだ!
 家へ上がらせて頂き、早速この家のご主人・依頼人から事情を聞いた。夏になってから奥さんが潜伏者と遭遇する事件が続いているという。さらに、奴らは依頼人のお嬢さんにまで魔の手を伸ばしているそうだ。
 依頼人の家族はびくついていた。黒・茶・金とわざわざ三毛にされた髪と、浅く日焼けした腕を晒す服装、胸元に光るいくつもの首飾り……と、ヤンキーさながらのワルっぽさをかもし出す佐久間君が依頼人の怯えを煽っていた。
 ……って佐久間ぁっ! お前が人相悪いから依頼人が怖がってるんだよ! 毎回そうだろっいい加減バイト気分の服装なんとかしろっ!
 という私の心の罵声を知りもせず、佐久間君はすでに部屋中に鋭い眼光を走らせている。こんな手の掛かる男ではあるが、恐ろしいことに、彼の目は潜伏者の行動範囲や居場所までをも見抜いてしまう。佐久間君がいれば、我々は敵に正確な攻撃を、しかも先制攻撃を仕掛けられるのだ。という訳で今回も許そう。
 そう、佐久間君の眼力と雷洞君の必殺「罠」が合わされば、すぐに奴等を一網打尽に出来る。が、佐久間君は面白がっていつも戦場をひっちゃかめっちゃかに掻き回す。逃げ惑う潜伏者を狩るのが楽しいらしい。まったく、許してはいるが迷惑な話だ。
 私はご主人に「大船に乗った気でお待ち下さい」と告げ、物色を始めようとする佐久間君に近付く。そして、ジーンズのポケットに挿した今日の朝刊を引き抜いた。
 思い切り睨まれた。邪魔すんじゃねぇという目、殺されそうな気配すら漂っているが、そこはリーダーらしく堂々と指示を出す。
「佐久間君、雷洞君、Gタイプの潜伏者だ。今回のミッションはG−1、スタンダードな作戦でいく。雷洞君は奴等のアジト付近に罠を、そして夜を待ち私と佐久間君で敵を罠に追い込む。……何としても一度で全滅させたい。お嬢さんが美人なんだ。スマートに決めていいとこ見せよう。いいな?」
「美人なら怯える様も綺麗なんでしょうね。奴等散らして、お嬢さん泣かせてみましょうか。ついでに鳴いて欲しい。潜伏者殺るBGMには最高ですし」
「ろくでなし人でなしっ! Gタイプは危険性こそ少ないけど見た目めっちゃ怖いんっスよっ!? あんなのがバラバラに他方向からかかってきたらっ僕死ぬっスっ!! 一撃で確実に仕留めるの賛成っ!!」
 雷洞君はとても臆病で、ミッション中は常に隠れている。普段は馬鹿にしているくせに、今も家に入るなり私の背に隠れていた。ライオンでも前にしたかのような震えっぷりは佐久間君でなくても笑いたくなる。
 よく見ればこの暑い中で長袖のハイネックを着用、さらに手袋までしていた。袖口とズボンの裾にはベルトが巻かれているが、それはデザインなどではなく実用だ。彼の嫌いな小動物、さらに虫や目に見えない病原菌が入り込まないようにという工夫なのだそうだ。
 彼は米軍の対ゲリラ戦用特攻服かNASAの宇宙服でも着ていればいいと思う。もっと言うなら無菌室に閉じこもれ。息を吸うだけでバイキンが入ってくるぞ?
 それはそうと、彼の武器である練りに練った作戦と狂いなく配置される罠。それは怖がりの雷洞君が「会わずに敵を倒したい」という想いから必然的に開花させた能力であるが、早いとこその力を発揮してもらおうか。お嬢さんがいつまでも怯えているなどあまりにも不憫だ。
 怯える雷洞君の首を掴み、罠を仕掛けさせる。佐久間君は私から新聞を奪還すると、大人しく台所・リビングの数箇所を指定して狩り時まで待つ姿勢を取った。普段はもっと反抗的だが、今回は追い込み役で満足してくれたのだろう。ただ「大人しく言うことを聞いてやった代」として給料ぶん取られそうな気がする。

「僕は留守番でいいっスよねっ?」
「もちろんですよ。チキンがギャーギャ騒ぐと冷めますからね。せっかく皆殺しの夜なんですから、空気読んで黙ってて下さい。付いて来ないで下さい。KYは滅べ」
 Gタイプに限らず、我々が相手をしている潜伏者達は大体が夜に動く。月夜の晩、依頼人達も震えながら眠りに着いた頃、二階へ通じる階段の途中に雷洞君を置き、私は佐久間君と潜伏者の追い込みに掛かった。
 もはや佐久間君の非道なセリフも酷いとは思わない。雷洞君など「付いて来い」以外なら何を言われても文句は言わないだろう。二階への道は留守番ついでにお前が死守してくれ。
「皆殺しと言えば、今回はガスだの霧だのは使わないんですね。全滅目的だといつも使うのに」
 真っ暗にした一階のフロアーはしんと静まっている。トーンの落とされた佐久間君の声に、私は「ふっ」と微笑んだ。暗視ゴーグルをかけ、佐久間君にもこの不敵な笑みが見えていることだろう。
「何を言う。佐久間君はあのやり方は嫌いだったろう? 自分の手で殺したいなんて、サディストで変人の君は毒ガスや毒餌を弱者のやり口と呼ぶじゃないか。知恵比べ、勝てば何より効果的なのに」
「変人? 変態に言われたくないですよ。あんたの顔ってただでもウザイのに、笑うと気持ち悪さまで出てくるんですね。今日気付きました。こっち向かないで下さい」
 この野郎……。
「確かに、今回のようなGタイプには毒霧が上等手段だった。だが、あれは潜伏者だけでなく他の生物にも多少なり害を与える。この家では犬を飼っているんだ。部屋を満たす大規模な噴霧は避けたかった。何より、お嬢さんが吸う空気を汚してしまってはいけないと思ってな」
「心配いらないと思いますけどね。あんたがいる時点で空気が澱んでますし。チキンにはガス、持たせたんでしょう? あいつには感触のある殺り方なんて出来ませんよ」
「ああ、ハンドタイプのガス缶を持たせてある。まぁ、階段まで潜伏者が行けるとは思えんがな」
 そう言ってやると、佐久間君はにやりと口元を歪めた。私の不敵な笑みより佐久間君の意味深な笑みの方がきまった感じに見えるのは何故だろう?
 それはさておき、午後十一時を過ぎた頃のことだ。闇に満たされた室内に複数の気配が生まれた。我々は音もなく得物を構える。
 じりりと私は静かに数歩退いた。一人でやりたいというオーラを放つ佐久間君に対する遠慮……ではない。これ以上痛いことを言われたくないだけだ。「邪魔」の一言にもこの壊れやすいガラスのハートは傷付きそうなんだ。いいや、私はすでにブロークンハート……。
 そもそも、今回もサポートすらやらせてもらえないだろう。それでもこの部屋から出ようとする敵がいれば止めるのは私になる。上段に構えた腕をそのままにして、さらに数歩退き部屋の入り口に立った。
 その時、暗視ゴーグルによって確保した緑色の視界の隅を、素早い動きで小さな影が走り抜けた。ついに潜伏者が姿を現したのだ!
「出ましたね。何処にも逃がしませんよ……ここで俺を楽しませて、そのまま逝っちゃって下さい」
 そう呟いた瞬間、右手が掻き消えた。だらりと下げられていた佐久間君愛用の武器が、音速で振り抜かれたのだ! 朝刊、今日の新聞がスパーンと軽快な音を立てて足元の床を打つ! 相変わらず彼の妙技にはうっとりさせられるぞ!
 丸められた紙面には何処ぞの内閣官僚が掲載されていたが、彼は顔面から床へ突っ込んだ。いや! 重要なのはそこではない! 真面目な顔で気色悪い潜伏者と情熱的に口付けを交わそうとは……度胸あるな!
 佐久間君の腕力か、写真とはいえ内閣官僚は歯の硬さが異常だったのか。黒騎士の異名もとる黒い鎧が、圧力に耐えかね砕け散る。だが、佐久間君は一つの勝利に満足する男ではない。
 残った潜伏者は仲間の死に怒り襲ってくる! 恐れも知らず、我が相棒の餌食を自ら志願してくる! 佐久間君は嬉しそうだ!
 六本の足で潜伏者はかさかさと嫌な足音を立てる。その頭上にミリ単位の正確さで新聞バットが降り注ぐ! 飛び散る血など想像で付け加えよう! 残虐非道なヤンキーが弱者をいたぶるかのように、佐久間君はGタイプの潜伏者を嘲笑いながら倒していく!
「流石だな佐久間君! もはや私に出番などないか!」
「あんた! 見てないで物どかして下さいよ! まったく、追いかけっこは楽しいからいいですけどっ物の下に入るのやめてくれません!? 隠れんぼはもう少し遊んでからにしましょうよ!」
 と言いつつ家具の角を蹴り、驚いて出てきた潜伏者を無慈悲に狩る。次々現れる敵に腕や足を振るう、華麗な舞踏を見せてくれる佐久間君は好きだが、敵が減ってきた時の、隙間を覗き何か言いながら潜伏者を追い詰めている佐久間君は不気味で嫌いだ。
 悲鳴もなく、ばたばた・かさかさ・スパーン、そして狂喜に満ちた笑い声しか聞こえない戦場。騒乱は長く続かず、ほんの十分くらいで終わった。続いて我々の強さに圧倒され、物の山に隠れてしまった潜伏者を静かに炙り出していく。炙り出しは私の得意分野だ。またを雑用の担当分野とも言う。
 私が敵を捧げれば、佐久間君が全て終わらせてくれる。ミッションG−1ははっきり言って佐久間君の一人舞台だ。もちろん、雷洞君の影での支え、そして私のサポートあってのこと……だがな。

 結局、雷洞君のいる階段まで辿り着けた潜伏者は一人としていなかった。動ける敵がいなくなった頃、私は電気を点けて家具の隙間や台所シンクの下、床下にも毒餌をセットした。これで万が一生存している敵がいても大丈夫だ。さらに、新たな潜伏者も防ぐことが出来る。
 佐久間君は仕掛けた粘着シートタイプの罠をぶら下げて、意味ありげな、嬉しげな顔でリビングを出て行った。「暴れた分はきちんと片せ」と口を開きかけた時、彼は「ちゃんとやるから、今は待って」と普段の無愛想振りからは想像できない爽やかな笑みを見せた。
 そして、その数秒後には近所迷惑もはなはだしい大絶叫が轟く。私の所へ猛スピードで逃げてきた雷洞君は、「ご覧の通り駆除は終わりましたから、一緒に片付けて下さい」と極上笑顔で潜伏者の残骸がへばり付いた粘着シートを見せる男がいるのだと訴えてきた。もちろんそれは佐久間君のことを指している。
「酷くないっスか酷くないっスかっ!? あんな真っ黒になった罠顔に近付けてくるくるんっスよっ!? 神経おかしいんじゃないっスかっ!? つーかこの家ドレだけ汚かったんッスかっ!?」
「あー相変わらずうるさいチキンですね。美人なお嬢さんが起きるといけませんし、口塞いどいた方がいいんじゃないですか? ほら、これで」
「ぎゃー!! こっち来ないでっ! そんなのこっち持って来ないでっ!!」
 消しゴム程度の大きさの黒い潜伏者達がべたべたと付いたシートは非情に気持ちが悪い。それを避けたい気持ちはよく分かる。だが、それを手に持って笑っていられる佐久間君の気持ちはよく分からない。まだ満足しとらんのか? 十分殺ったろう。お前の地獄行きも決定しただろう。
 必死の形相で隠れる雷洞君を庇ったわけではないが、私も真剣に佐久間君の暴挙を止めた。それを聞き入れてくれたのか、男はシート上でまだ息のある潜伏者を出所不明の針で串刺し始めた。こんな状況で私と雷洞君は残り短い夜を越すことになるのか。結局片付けは手伝ってもらえそうにない。

「これで安心して眠れますな。奥様もお嬢さんも、また何かありましたら遠慮なくご相談下さい」
「物ありすぎ、ごちゃごちゃしすぎ、汚すぎ。ちゃんと掃除して下さい」
「普段から罠張っておくといいっスよ? 罠の張り方なら僕でも教えられるっスから、心配だったら電話下さいっス」
 それぞれがそれぞれのコメントを残し、依頼人の家を出た。家中の掃除片付けも手伝い、すっかり見違えるような広々すっきりな家になったのだ、二度と市民の敵が潜伏できる環境は作らないだろう。
 家族に見送られ、私達は次の任務に向かう。一つアジトを潰した程度で奴等は滅びたりしない。今もこの世界の何処かで潜伏者達に人々は恐怖しているのだ。
 楽しみが終わり無表情の戻った佐久間君、夜の住人の眠る朝に元気を取り戻した雷洞君、美しいお嬢さんとの別れに心痛め、新たな出会いに燃える私。三人に希望の朝日が降り注ぐ。

 我々は特殊部隊『アタッカーず』。我々の日々のミッションは、町を恐怖に叩き落している恐ろしい潜伏者達をこの手で葬り去ること。
 我々は今日も小さな事務所で人々のSOSを待っている。午後からは近所を見回り、新たな潜伏者を警戒するとしよう。

−終−



潜伏者データ・タイプG
 昆虫網ゴキブリ目ゴキブリ科。日本に生息するものにはチャバネゴキブリ・クロゴキブリ・ワモンゴキブリ・ヤマトゴキブリがある。茶褐色・黒褐色のものが多く、てかてかと脂ぎった艶がある。楕円で平たい体をしていて、時々羽を使い飛ぶことがある。アブラムシとして夏の季語にもなっている。
 水だけでも生きていけるほど生命力が強く、繁殖力も非常に強い。屋内ではキッチンなどによく潜伏しており、衛生面に多大な被害を与える。だが、人間に対し直接危害を加える武器は持っていない。

効果的な武器:新聞紙(別称・新聞バット)
      :毒ガス・毒霧(ゴ○ジェット・バル○ン等)
      :設置型粘着シート(ゴ○ブリホイホイ 等)



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